夢二のプレゼント企画
詩人、画家の竹久夢二は一九一三年、子供向けの挿絵入り詩集『どんたく』を発表した。
この詩画集は、童謡のようでありながら悲しみや望郷といったそこはかとない寂しさも漂った詩と挿絵が描かれ、当時の少年少女たちに向けた夢二の愛情がたっぷり詰まった一冊だった。
夢二は『どんたく』の序文で読者である子供たちに次のように優しく語りかけた。
こはわが少年の日のいとしき小唄なり。
いまは過ぎし日のおさなきどちにこのひとまきをおくらむ。
お花よ、お蝶よ、お駒よ、小春よ。太郎よ、次郎よ、草之助よ。げに御身たちはわがつたなき草笛の最初のききてなりき。竹久夢二『どんたく』より
本のサイズは現在の新書本サイズよりも少しだけ横幅があり、表紙の絵は恩地孝四郎が描いた。胸を膨らませて唄う小鳥が一羽、小鳥の下には金の線描によって三つの小さな鐘が並ぶ。表紙カバーは黒く、表紙の鳥と同じ絵が違う配色で描かれる。一見すると、子供向けの質素なふつうの詩画集に見える。
が、この『どんたく』には遊び心と愛情深い一つの仕掛けが隠されていた。
表紙には、「包紙の裏面をご一覧ありたし」と綴られ、その指示に従って表紙カバーをあけると、裏に切り取り線のついた出版社宛ての葉書が付属されている。そして、この葉書の下には、「どんたくのうちにて最も好きな唄。」と記されている(下図参照)。

これは出版社と竹久夢二が『どんたく』を通して行なったユニークな仕掛けだった。注意書きには、おおよそ次のような《プレゼント企画》に関する説明が添えられていた。
日頃から著者(竹久夢二)の詩や絵を愛好してくれる読者に、著者が、愛好の意を表したいと二十枚の肉筆の絵を描いた。これを読者に贈りたいと思う。しかし、絵の枚数が限られるので、著者の同意を得て、一つの方法をとることにした。この『どんたく』のなかで最も愛好する唄を葉書に書いて送付して欲しい。すでに出版社側は著者から、著者の最も愛好する唄を聞いている。著者の選んだ唄と重なった読者に絵を贈る。ただし多数の場合は抽選とする。
夢二本人の好きな詩と、読者である少年少女の好きな詩が同じだった者のなかから抽選で二十名に肉筆の絵を贈ると言う。単なるくじ引きではなく著者と読者が息を合わせる瞬間が感じられるような、夢二と出版社の暖かさに満ちた優しい企画であった。