フランツ・カフカ

フランツ・カフカ 母ユーリエの手紙と「愛情」

母ユーリエの愛

フランツ・カフカの母ユーリエは、彼の父と同じように最後までカフカの執筆活動に理解を示すことはなかった。

ユーリエの息子に対する不理解の根っこには、長男であるフランツに注いできた「愛情」ゆえの不安や心配もあった。カフカは決して専業作家ではなく、別の仕事を持っていながら夜な夜な書くことに勤しみ、食事もしっかりととらなかった(カフカは菜食主義者だった)。こうした息子であれば、その生き方について心配になるのも、母親としては当然のことかもしれない。

しかし、その愛情が、あるときユーリエに少し異常とも思えるような行き過ぎた行動をとらせた。

それはカフカが29歳(ちょうど『変身』を執筆中の時期でもあった)の頃のことだった。

当時、頻繁に文通を行なっており、後の婚約者(結局カフカは結婚に対する恐怖と不安で婚約を破棄することになる)となる女性フェリーツェ・バウアーからカフカに送られた手紙を、ユーリエはカフカに黙って盗み見し、フェリーツェに宛てて手紙まで書いたのだ。

ユーリエの手紙は、次のように始まる。

敬愛なるお嬢様。

私は偶然息子あての、ご署名のある、十一月十二日付のお手紙が目に触れました。貴方の書体が大変気に入ったので、そうする権利はないこともよく考えず、終わりまで読んでしまいました。しかし、息子の幸福だけがそんなことに私を駆りたてたと証言すれば、きっと許してくださることと確信します。

フランツ・カフカ『カフカ全集10巻 フェリーツェへの手紙』より

この唐突な手紙について、ユーリエは、自分の我が子に抱く愛情とフェリーツェの手紙の文面に綴られた「あなたを確実に愛しているだろう母親と、ちゃんと話し合うように」という忠告が、自分のこうした行動を後押ししたのだ、とフェリーツェに説明した。

カフカは、今でこそ人間の不条理な絶望を描いた作家として世界的に知られているが、当時はまだ東欧の小さな街に住む若い無名作家の一人に過ぎなかった。

そして、母ユーリエは、我が子フランツの境遇について、彼の死後に世界の評価が示すような「絶望」とは大きく掛け離れた、むしろ他の人間と比較すれば、もっとも「幸福」な人間の一人だと考えていた。

ユーリエは、手紙の文面で、フランツはこれまで両親から望みを拒絶されたこともなく、好きなことを学び、公職に就くこともできた。その仕事も、朝から昼休み無しで働き、午後二時半には帰宅できるというもの。書き物をしたいフランツにとっては、希望の叶った仕事ではないでしょうか、と書いている。

そして、カフカの書き物を、「暇つぶし」とさえ表現した。

ユーリエ曰く、この「暇つぶし」のために、フランツは食事も睡眠も他の若者と同じようにしない。だから、どうか貴方のお力で、フランツの生活方法を変えて欲しい。そうすれば、私は貴方に大変感謝し、もっとも幸福な女になれるでしょう、と我が子の恋人に宛てた手紙は結ばれている。

それから一週間後のこと。

このユーリエの手紙についてフェリーツェから聞かされたのが、カフカの親友であり作家でもあるマックス・ブロート(彼はカフカの死後、カフカの紹介者として世界的に有名になる)だ。

ブロートは、カフカとの大学時代からの付き合いで、フェリーツェとの遠縁でもある。ブロートは、すぐにフェリーツェに宛ててカフカの両親に対する批判的な文面の手紙を送った。

フランツの母親は彼をたいへん愛していますが、息子がどういう人間か。どんな欲求を持っているかということには、ほんのかすかな予感も持っていません。文学は「暇つぶし」ですって!

(中略)

私はカフカ夫人とすでにたびたび口論しました。どんな愛情も、理解がまったく欠けていたら、なんの役にも立ちません。あの手紙がまたもやそれを証明しています。フランツは長年の試みののちやっと彼に適する唯一の食事、菜食を見出しました。幾年も彼は胃病に悩みましたが、いまは私が知りあってからかつてないほど健康で元気です。

しかしもちろん両親がその凡庸な愛情でもって口を挟み、彼を肉食へ、病気へと強いて連れ戻したがるのです。 ━━━ 睡眠の区分もまったく同様です。

フランツ・カフカ『カフカ全集10巻 フェリーツェへの手紙』より

ブロートは、カフカの稀有な才能を高く評価していた。

また、カフカがどれほど追い詰められているかということも知っていた(カフカは、この少し前に自殺も考えていた)。

だからこそブロートは、カフカの両親の我が子に対する不理解に激しい憤りさえ覚えたのだった。

両親には、フランツのような例外人は、その繊細な精神性が萎縮しないためには、例外的な条件も必要であることが分からないのです。

(中略)

両親が彼を愛するなら、なぜ彼に、娘にするように三万グルデンを与え、オフィスから出ていかせ、リヴィエラのどこか、物価の安いところで、神が彼の頭脳を通じて生み出させようとしている作品を書かせてやれないのか? フランツは、こうした状況にないかぎり、完全な幸福にはけっしてなれないでしょう。

フランツ・カフカ『カフカ全集10巻 フェリーツェへの手紙』より

一方、カフカ自身は、この母の「盗み見」についてどういった対応をとったのか。

実は、カフカも、日頃の両親の振る舞いや、唐突に生活習慣を示唆してきたフェリーツェからの手紙、さらに手紙の保管についての助言をほのめかすブロートの言葉などから、おおよその見当はついていた。そして、ブロートに問いただし、カフカも事態を把握するに至った。

カフカは、すぐにフェリーツェに宛てて手紙を書いた。自分の不手際で彼女の書いた手紙が母に読まれてしまったことを深く懺悔し、また、両親に対する強い憤りも吐露した。

ぼくは両親をいつも迫害者と感じてきました。一年前まではあるいは彼らに対して、世間全体に対してと同様、命のない物とおなじように無関心だったかもしれませんが、いまわかったように、それはただ抑圧された不安、心配、悲しみだったのです。

両親というものは、ひとを自分の方に、ひとがほっとしてそこから抜け出したいと思う古い時代に、引きおろすことしか望みません。もちろん愛情からそれを望むのですが、それこそ恐ろしいことなのです。

もう止めます。頁が終わるのは、もっとひどいことを言いだすことへの警告です。

フランツ・カフカ『カフカ全集10巻 フェリーツェへの手紙』より

カフカは、この件についてブロートから知らされたとき、母親に直接苦情を言うことについてブロートから制止され、また、フェリーツェへの気遣いの意味からも母親に言うことは止めようと思った。

しかし、マックスと別れ、一人になった瞬間、堪え難い怒りが膨れ上がり、家に帰ると同時に抑えきれない感情ゆえ母に訴え出た。

ただ、結果的にはこれでよかったのかもしれない、とカフカはフェリーツェに書いている。

もちろん、これでカフカの「両親」に関する根深い問題が解決されたわけではなかった。しかし、少なくとも、これまで母に見せていた偽りの優しさ、冷たい眼差し、そういったものを吹き払うかのように、始めて互いに向き合って語り合うことができた。「フェリーツェ、あなたは守護天使だ。」とカフカは最大限の感謝を示した。

しかし、それよりも今は、母に言ってしまったという「罪」をどうか許して欲しい、とカフカはフェリーツェに懺悔して手紙を終えた。

ぼくは、あなたのため、母になにも言うべきではなかったのに言いました。最愛のひと、あなたはそれをも許すことができるでしょうか?

フランツ・カフカ『カフカ全集10巻 フェリーツェへの手紙』より

参考文献 フランツ・カフカ『カフカ全集10巻 フェリーツェへの手紙』