むかしの言葉

曖昧屋とオルガンの意味

曖昧屋とオルガンの意味

梶井基次郎の手紙を読んでいたら、意味がよくわからない不思議な二つの言葉に遭遇しました。

手紙は、昭和二年、梶井基次郎が病気療養中に一年半ほど滞在した伊豆湯ヶ島の温泉宿「湯川屋」から、親交が深く、ともに『青空』という同人誌を制作していた淀野隆三に宛てられたものでした。

二つの言葉とは、「あいまいな料理屋」と「オルガン」。内容は多少下世話な話題のときに使われていたので、おそらく隠語か何かだろうと思い、調べてみると、「曖昧屋」という言葉を発見。

曖昧屋とは、秘密裏に売春を行う料亭や温泉宿を意味する言葉。

これは主に明治時代に用いられた用語で、非合法とは言え、暗黙の了解のもとに公然を行われていた芸妓(げいぎ)や酌婦の売春を除いたものを指し、業態は文字通り「曖昧」で、表向きは汁粉屋や碁会所など、様々な姿に擬態し、抱え女に売春をさせていたとのこと。

高級娼婦を曖昧女と呼ぶ場合もありますが、多くの場合は安い料金で働く下級に属し、美人局などもあったようです。

梶井基次郎が手紙に書いていた「あいまいな料理屋」とは、曖昧屋、すなわち「売春を秘密裏に行なっている食事屋」のことでした。手紙では、次のような文脈で登場します。

この土地は非常に素朴だ。あいまいな料理屋などもなく、女中にそんなところもない。みな正直そうな人だ。思うに山間僻すうで資本主義の悪趣味が入って来ないゆえと思う。も一つは村が割合豊かな姑娘を工場へやったり女郎に売ったりしない(だろうと思うのだ)せいではないかと思う。全く温泉宿では珍しい。

梶井基次郎『若き詩人の手紙』より

もう一つの「オルガン」というのは、英語の「organ」で、パイプオルガンや器官といった意味だけでなく、遠回しの表現として性器の意味もあります。

梶井基次郎は、この文面のあとに「オルガン」という言葉も用いながら温泉の様子を描写しています。

都会常識面をしたリューマチの蒼白な皮膚の客湯へ浸かるより、村の人々のいる大浴槽へはいる方が気持ちいい。女は男がいてもちっとも躊躇しないかわり男も女もオルガンは精密にかくす。おやじまでそうなのだからおかしいくらいだろう。オルガンの始末のわるいのは僕くらいだが僕も郷に従ってつつましくしている。猥談をする青年もいない。そんなことをするのは都会から来た正月野郎だ。昨日も彼ら不良老年は探検隊だとか決死隊だと言って何もない村を探しに行ったらしかった。

梶井基次郎『若き詩人の手紙』より

このせっかくののどかな田舎の温泉で猥談をする「都会から来た正月野郎」は、何もない村を探検隊だとか決死隊と言って探しに行った後、宵のうちに酔っ払って帰ってくると、温泉にやってきて湯に浸かっていた女中にしつこく絡みます。

この面倒な客。「客の一人は手拭いを取り上げ、一人は女中の腰のあたりへおしかけて酒くさい息を湯気のなかにまじらせている」。

女中は、客用の東京言葉も忘れ、土地の言葉で嫌だ嫌だと拒絶。梶井基次郎は、内心でどきどきしながらも顔では笑い、女中が泣き出したり、さらにエスカレートするようなら止めようと思いましたが、しばらくして彼らもやめたと言います。