萩原朔太郎

萩原朔太郎 明治の天文学と、金星人の性格

萩原朔太郎の、外の世界への憧れの眼差し

詩人の萩原朔太郎が、「宇宙人」に関して綴った手紙がある。明治44年(西暦1911年)、年の離れた妹に宛てた手紙のなかで朔太郎は「金星」と、そして「金星人」について熱心に語る。

長々と語る「金星人」の魅力。これは決して空想の話などではなく、当時の天文学の研究によって「金星人」の存在は信じられていたようだ。朔太郎は、手紙の文面で妹に「金星は大好きな星です」と綴っている。

金星は私の大好きな星です、外(ほか)の星と違って青い青い夢のような光を発しているところは実に愛の星です、

ギリシアの神話によれば金星にはヴイナスという愛を司る女神が住んでいるという、

西洋では金星の名をヴイナスと称してもっとも美しい星と言われています

萩原朔太郎『萩原朔太郎全集 第13巻』より

萩原朔太郎は、以前から旧態依然とした日本という国に苛立ち、不満を激しい言葉で吐き出していた。同じ手紙の金星の下りの前にも、日本のことを「チョンマゲ式の思想を持っていながら外見だけ西洋の猿真似をしたがる」と激しい批判を繰り広げている。

御役人どもの思想は徳川時代のチョンマゲと少しもちがうところはない、西洋人がきいたら眼を丸くして驚くであろう、

それでいて外見だけは西洋に真似して洋館をたてたり洋服をきたりしてハイカラぶっているのだから滑稽である

萩原朔太郎『萩原朔太郎全集 第13巻』より

しかし、こうした政府批判は当時の日本では禁物だった。朔太郎自身、この手紙は内々にしてほしい、こういう悪口が政府に知れると「犯人のようにその筋の注意人物」だとされる、と妹に忠告している。日本の体制に対する息苦しさに加え、自分自身の心身の思い通りにいかない様も重なった。朔太郎は、アルコールに染まった退廃的な生活を送ると同時に、ロマンティックな外部世界を夢想した。

百合の花の強くて甘く妙に神秘がかった匂いをかぐと私はどうしてもこういう艶美なそして人を殺すような魔力を持っている女精を想像せずにはいられない、

そういう女怪が果たして世界のどこかに実在するならば、願わくはその魔力にかかって夢のごとき美しい死をとげたい

萩原朔太郎『萩原朔太郎全集 第13巻』より

遠い西洋や死といった外の世界に憧れ、また、その文脈のなかに「金星(ヴイナス)」もあったのかもしれない。「金星」に関する文面の続きには、天文学の研究でも「金星人」がいることがわかってきていることに加え、その金星と、金星に住む人間たちの特徴や性格が、地球とは違うこと。そして、金星には天国のような美しい世界があるということを希望を込めて語っている。

天文学者の研究によればやはり金星には人間が住んでいるという、

そしてこの世界の空気は地球とちがって酸素が多いために空気の色は淡紅色で住民はいつも天使のような心を持って和気と愛とで満たされる

この世界には窒素が少ないから歓楽ばかりで苦痛というものがない、また罪人などは一人もいない、

真に理想の天国である、その代わり酸素過度のために寿命は地球の人間の半分しかないということである、

学問の研究の結果が偶然にも神話と一致しているから面白いではないか、

萩原朔太郎『萩原朔太郎全集 第13巻』より

金星では、酸素が多く、空気の色は淡紅色で、住人たちは天使のような心の持ち主。苦痛はなく、罪人もいない。しかし、酸素が多すぎるために、寿命は地球の人間の半分しかない、というのが、天文学の研究によって語られていた。

画像 : 伝統のいろは

ちなみに、これが朔太郎が金星の色として語っている「淡紅色」。金星人は、この色の空気の漂う世界で、和やかで幸福な暮らしを送っていると考えられていた。