中原中也

中原中也 「肉声」をまとめた珍しい名言集『名言 中原中也』

中原中也の「肉声」を収めた「名言集」

詩人中原中也は1937年に30歳という若さで亡くなります。

当時すでに映像や音声を記録する機械はあったものの、まだほとんど無名だったこともあり、中也の動いている映像や肉声は記録としては残っていません。

中也は、よく友人らの前で自身の詩を感情を込めて朗読したそうです。

しかし、そのたびに周囲は辟易し、場は白けました。彼の死後、友人の一人である青山二郎は、残しておけばよかった、と語っています。

残念ながら、あるいは幸いなことに、読者は、周囲の人々の思い出や手紙などから中也の動いている姿や声を推測する以外にありません。

そこで、こうした中也の「人物像」をありありと浮かび上がらせる一冊として最適な、一風変わった「名言集」があります。

彩図社文芸部が、中原中也生誕百周年記念企画として出版した『名言 中原中也』です。

この本は、中原中也の日記や手紙、また彼の死後、家族や友人らが中也との思い出について語った文章から、中也本人の「肉声」だけをまとめた、とても珍しい「名言集」です。

本書は、「友人の章」から始まり、恋人、幼少、芸術、文也(中也の息子、二歳のときに病死)、生活、母親、最後に名詩十選という構成になっています。

以下、この「名言集」から、彼の「肉声」を幾つか紹介したいと思います。

 

幼い頃の中也の口癖だった。「いいのよ」と答えても、何遍も繰り返した(『名言 中原中也』より)。

中也は傍若無人な振る舞いをすることがあった。生涯を通じて付き合うことになる高森文夫と初対面のとき、丁寧に話す高森に対して、吐き捨てるようにこう言った(『名言 中原中也』より)

中也は小林の家で文学仲間と議論を戦わせた。酒の入っていないときはおとなしく見えたが、泥酔すると、いつもの調子になった。家の三毛猫を見かけると、こう言ってつかまえようとしたという。ちなみに捕獲に成功したことはない(『名言 中原中也』より)

文也が亡くなる六日前の日記。急逝するとは思ってもいなかった(『名言 中原中也』より)小説家・牧野信一が自殺したことに対して述べたもの。弟を二人亡くし、父を亡くし、友人富永を亡くし、息子文也を亡くした中也にとって、死とは思った以上に近いところにあったのかもしれない(『名言 中原中也』より)一度だけ就職活動をしたことがある。親戚のコネを使いNHKの面接を受けた。しかし、履歴書の備考欄には「詩生活」としか書いておらず、面接官に「これでは履歴書にならない」と言われてしまう。それに中也はこう答えた。詩しかできなかった(『名言 中原中也』より)

詩人としてしか生きられなかった中也。悲しくも強い意識がみなぎっている(『名言 中原中也』より)。

 

 

この名言集、選ばれた言葉もバランスがよく、横に小さく書かれた注釈も絶妙で、中也の人となりがしみじみと伝わってきます。

彼の友人で作家の小林秀雄は、中原中也は「詩人というよりも告白者だ」と語っています。

彼の詩は、彼の生活に密着していた、痛ましい程。笑おうとして彼の笑いが歪んだそのままの形で、歌おうとして詩は歪んだ。これは詩人の創り出した調和ではない。中原は、言わば人生に衝突する様に、詩にも衝突した詩人であった。彼は詩人というより寧ろ告白者だ。

 小林秀雄『中原中也の思い出  –  小林秀雄全作品第17集 私の人生観収録』より

中也の詩は、中也の「生活」と分かち難く結びついていました。

中也の「肉声」を聴いたあとで彼の詩を読むと、まるで大ぶりの椅子にあぐらで座って得意げに、そしてどこか寂しげに朗読する中也の姿が浮かんでくるようです。