中原中也

中原中也 四谷花園アパートと酒癖

中原中也と「青山学院」

仕事もせずに文学にふける息子を見兼ねた母親にうながされ、中原中也は26歳のとき、遠い親戚関係にある孝子とお見合い結婚をした。

よほど気が合ったのか、器量のよい女性だったからか、気難しい中也にしては珍しく縁談は円滑に進んだ。

新婚夫婦は結婚後、友人で装幀家の青山二郎の住む四谷花園アパートに移り住み、青山や周辺の人々と親交を深めた。中也は仲良くなりたいと思うとすぐ家の近所に引っ越す癖があり、なんども引越しを繰り返した。

四谷花園アパートは、新宿の遊郭や歓楽街のすぐ近くにあった。

アパートの近所には怪しい雰囲気の建物や旅館なども多く建ち並んでいたが、ひとたび青山の部屋の扉を開くと、新宿界隈であることを忘れさせるほど趣のある空間が広がっていた。

芸術の世界に造詣の深かった青山。部屋には、数多くの若い作家たちが溜まり場として集まり、冗談交じりに「青山学院」などと呼ばれることもあった。

もちろん同じアパートに引っ越した中也も、よくパジャマ姿のまま現れ、「ジイちゃん、いる?」と声をかけては「青山学院」を訪問した。

中也は、青山の部屋を訪れるたびに、室内に置かれた英国製の古く味わい深い椅子に座った。その椅子が彼の定位置だった。

しかし、残念ながら椅子は外国製のため大ぶりで、わずか五尺(150cm)ほどの身長しかなかった中也の足では足先が届かず、中也は椅子の上にあぐらで座った。

外国製の椅子にあぐら、という妙な格好で座りながら、中也は酒を飲み、誰に頼まれるでもなく自ら自作の詩を朗読した。

しゃがれた声。悲しみを滲ませた声。想いを込めて抑揚をつけながら、無名の詩人は未発表の新作を披露した。

ところが、中也の詩を、誰も待ち望んではいなかった。

中也が朗読を始めるたびに、周囲は「またか……」と辟易し、部屋中に白けた空気が流れるのが常であった。

 

中原中也は、二人でいるときは心優しい性格の持ち主だった。

しかし、中也の酒癖の悪さは有名で、特に大勢の人たちと一緒の席で酒が入ると性格は一変した。

中也の酒癖の酷さを物語る、有名なエピソードがある。

いつものように若い作家たちが四谷花園アパートに集まって酒を飲み、議論を交わしていたときのこと。ひょんなことから、中也は自分よりも年下の評論家中村光夫と口論になった。

詩人の中也にとって、論理で蓋をしようとする「評論家」の類は日頃から許せない存在だった。その感情の根っこには、親友であり評論家でもある小林秀雄に恋人を奪われた過去も影響しているのかもしれない。

中也と中村の口論は、たちまちエスカレートしていった。

そして、ついに沸点に到達した中也は、中村に向かって「殺すぞ!」と声を荒げると、手に持っていたビール瓶で中村の頭を殴りつけたのである。

その中也の暴挙に、中村も酔いがまわって感覚が麻痺していたのか、「だからどうした」とばかりに平然とした素振りで応じた。

こうしていったん物事は収まるように思えた。

しかし、その様子に怒りをあらわにしたのが部屋の主である青山だった。

普段は温厚な青山だったが、このときは珍しく感情をむき出しにし、「殺すつもりなら、なぜ縁ではなく横っ腹で殴った。卑怯だぞ!」と中也を怒鳴りつけた。

青山の怒声に中也ははっと黙り込み、右手にビール瓶をぶら下げたまま、その場に立ち尽くした。

そして、中村と青山の顔を交互に見比べると、中也は「俺は悲しい!」と叫んで床に泣き伏せてしまった。

中也の泣き叫ぶ声が、部屋中に響き、次第にその悲しみは周囲に伝染していった。

中也の声に、不思議とその場の誰もが悲しく、中村の恨みがましい想いも薄れ、もつれた糸がほどけていくように部屋は静まり返っていった。